阪急沿線住民の戯れ言


とある大阪の猛牛軍団
by sherpa_kl250
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マシ49製作記その3

マシ49製作記その3は床下まわりの作成。

マシ49を特徴づけるものの1つに「3軸ボギー台車」があります。
今の時代の鉄道には使われていませんが、昔は乗り心地をよくするために、
優等車や食堂車には、車輪を「3つ」持ったボギー台車が使われていました。
e0050226_22275718.jpg

今回の食堂車作成は、この3軸ボギー台車を購入できたことが、
作成を決断させた1つの理由です。
KATOのASSYパーツと言うバラ売りパーツで「つばめ」用展望車の
ボギー台車が売られていたのでそれを利用しました。

しかし、このボギー台車、中心部分に床と台車をつなぐネジ穴があります。
そのため、スハ32の床板をそのまま使うと
台車の位置が外側に偏ってしまいます。
そこで、床板を切り接ぎ、ボギー台車のネジ穴と床板のネジ穴が
ちょうどいい位置になるように切り接ぎます。
最初は左右5ミリずつ短くして、その分プラ板を外側につないで
長さを調整したのですが、台車のカプラー部分のはみ出しが大きく、
ネジ穴が6ミリほど内側へ寄るように切りつぎました。
切り継いだ床板はプラ棒とプラ板で補強しています。
e0050226_22401322.jpg

台車には集電用の突起があるので、それに干渉しないように
ネジ穴の周辺を削って穴をあけ、突起が干渉しないように加工します。
3軸ボギー台車ですが、KATO製品では、特殊なネジを使って
床板と台車を固定していましたが、その「特殊な」ネジは手に入らず、
ネジ止めをすることに。
そのため、床板のネジ穴の部分にナットを埋め込み、
ネジ止めできるようにします。

が。

この台車のネジ穴がかなり特殊なサイズで、
市販の精密ビスでは穴が大きく、頭の直径が3.5ミリの
ナベネジではすり抜けて固定できません。
しかも、ナットを挟むと今度は車輪と干渉します。
そこで、台車の穴の部分をプラ板で少し小さくなるように加工します。
e0050226_22503081.jpg

これでネジ止めできるようになりました。

次は床下機器です。
どのような配置なのか資料が全くなく、
交通科学博物館に行ってもホームに隠れて全く見えません。
そこで、過去の鉄道雑誌で客車特集の号を片っ端から調べ、
その写真からどのような機器配置なのかを推測し、
スハ32に付属の床下機器のパーツと見比べて、
似たような部品を写真と同じような位置になるように配置します。
その結果がこのような感じです。
e0050226_2254725.jpg

大型蓄電池箱はスハ32に付属の蓄電池箱を2つくっつけてそれらしく見せ、
一番資料が乏しく、どのような構造なのかわからない冷房機器については、
これまたスハ32付属の冷房機器をプラ板で加工して作成しました。
実際にはこんな形なのかは分かりませんが、写真と比べても
それらしく見えるのでこんなもんかと割り切りました。
e0050226_22564135.jpg

KM型冷凍機というらしいですが、コレも実はパーツ化されているそうです。

これをブラックで塗りつぶし、無事に完成です。
上が調理室側、下が通路側になります。
e0050226_2318618.jpg

これで床下と台車は完成。
いよいよ車体との合体ですが、その前にひと加工する訳ですが、
それはまた、明日にでも…。
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by sherpa_kl250 | 2011-11-30 23:06 | 鉄道模型な話

マシ49製作記その2

車体側面の次は屋根の作業にかかります。
屋根は車体側面ほどややこしくありません。

ベンチレータを埋め込むだけです。
が、そのベンチレータもなかなかのくせ者です。

そして、戦後間もない食堂車で冷房装置を
積んでいる車両の屋根にはある特徴があります。

これはKATOのマシ35ですが、屋根に何か「板状」のものがあります。
e0050226_21184252.jpg

アップにするとこんな感じ。鉄板を1枚余分に打ち付けている感じです。
e0050226_211932.jpg

形式図にもこの「鉄板」のようなものが書かれており、
これも調べてみると空調点検用のカバーであることが判明。
そこでまずはこのカバーを作ります。
形式図から位置を割り出して、0.3ミリの白プラ板を接着します。
屋根はカーブを描いているため、そのカーブにうまく接着するように
セロテープで押さえつけて1日その状態で放置します。
塗装後の写真ですが、こんな感じになりました。
e0050226_21233717.jpg

塗料を厚塗りにしてしまったのと、はみ出した接着剤を
ペーパーで削り取り、さらに厚塗り塗装のため、
こんな風に境目がはっきりしなくなりました。

この点検カバーの後はベンチレータ(通風器)の取り付けです。
食堂車は厨房側のベンチレータに特徴があり、
これはどうしたものかと思いましたが、
キングスホビー製の旧型食堂車用ベンチレータを
日本橋のキッズランドで発見して購入しました。
やや大きめのベンチレータと石炭レンジの煙突(?)っぽい
小さいベンチレータを屋根に取り付けます。
e0050226_21283587.jpg

食堂部分のベンチレータは、キットに付属していたものではなく、
銀河モデルのベンチレータを使用しました。
そしてくみ上げて車体と接続したのがこんな感じ。
e0050226_21302969.jpg

すでに塗装済みですが、筆塗りで塗ったために
なかなか塗りムラが消えず、こってり厚塗りになってしまいました。
また、車体はあとで「ぶどう色」をぬるため、はみ出しも気にせずに
豪快に塗ってしまいました。

これでようやく、客車らしい姿となりました。

それにしても、ベンチレータは自作するつもりでしたが、
いい具合にパーツが見つかったので、
屋根はさほど苦労することなくくみ上げることができました。
しかし、Nゲージ用のパーツって、
色々な部品が色々な会社から発売されているんですね。
マシ49などに使うベンチレータなんぞ、いったいどれくらいの
需要があるのか不思議ですが、戦前製食堂車はマシ49以外にも
金属製キットも出ているので、そのパーツとして、また、
ワタクシのような自作で作る人もいるから、数は少ないとはいえ、
そういった需要があるのでしょう。

これは助かりました。

で、続いておそらく一番苦労したであろう床部分と
床下機器、台車部分の加工に入るのですが、
そのお話は、また、明日に続きます。
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by sherpa_kl250 | 2011-11-29 21:37 | 鉄道模型な話

マシ49製作記その1

さてさて。
昨日も書きましたマシ49についての
製作手順を追って紹介していきます。

これがスハ32の素のキット。
e0050226_21355290.jpg

まず最初に、食堂車には客用扉がないため、
扉をプラ板で埋めて、そこに窓部分から続くシルヘッダーを
プラ棒を加工して貼付けます。
e0050226_22162168.jpg

そして、窓割が全然違うため、まずは窓を作らなければなりません。
形式図から窓のサイズは横700ミリ。
縦はスハ32と同じなので、縦の窓柱を切り取っていき、
そこに新しい窓柱を作ります。
e0050226_2137814.jpg

窓柱はエバーグリーンの厚さ0.25ミリのプラ棒を使用します。
太い柱は幅2.5ミリのプラ棒を、細い柱は幅1.0ミリのプラ棒を使います。
細い柱の実寸は100ミリなので、Nゲージサイズだと0.7ミリになるので、
幅0.75ミリのプラ棒の方がサイズ的には最適なのですが、工作のしやすさから
幅1.0ミリで組んでしまいました。

そのプラ棒の裏側からガラス枠となる部分を切り接ぎしていきます。
柱から少しだけはみ出すようにして柱の内側から貼付けます。
この作業が一番骨が折れます。ミリ単位でプラ棒を加工して
寸法にあわせて柱を立てていきます。
e0050226_22121753.jpg

窓の幅は基本的に700ミリなので、治具を作り、
それを使って幅を決めて柱を貼付けていきます。
そして出来上がった車体側面がこんな感じです。
e0050226_2150697.jpg

この段階で柱の継ぎ目に隙間がないかを確かめ、
パテ埋め、ペーパーがけを行います。
一通り車体を整形すると、軽くサーフェイサーを吹いて
車体の細かい傷を埋めてしまいます。
e0050226_21561288.jpg

この段階で隙間がちゃんと埋まっているか、
傷は消えているかを確認します。
そして、隙間や傷があればそれをさらにパテで埋めてペーパーで磨きます。
これでひとまず側面は完成です。

車体側面が完成すればいよいよ箱形に組み立てます。
その前に、車体の妻面の加工を行います。
屋根に登るためのハシゴがあるため、それもプラ棒を加工して作ります。
e0050226_2158617.jpg

今回はプラ棒で自作しましたが、実はこの妻面のハシゴ、
製品化されているそうですが、入手するには大型の模型屋さんか、
鉄道模型に特化した模型屋さんに行かないと入手できないと思います。
ここまでで、ようやく車体の側面、妻面の加工が完了です。

そしてこれらを組みあわせて四角い箱形にするのですが、
その前に屋根を用意する必要があります。
屋根は素のキットが使えますが、食堂車用にパーツを用意する必要があります。

で、屋根の加工については、また明日以降にでも…。
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by sherpa_kl250 | 2011-11-28 22:03 | 鉄道模型な話

マシ49完成

以前にもちらっと書きましたが、
コツコツと作っていた戦前製の食堂車「マシ49」が
ようやく完成しました。
e0050226_22393121.jpg

グリーンマックスのスハ32をベースに、
窓柱を全て撤去してプラ板で埋めていくという
地道な作業を繰り返して完成。
e0050226_22381118.jpg

塗料も厚塗りで、細部をみると荒い作りで、
ボロボロなところもありますが、なんとか形にはなりました。
マシ49の実物写真はこちら↓
http://www.jnrsite.net/PC/shokudo/htm/masi493.htm

そもそも、なぜ「マシ49」なんていう
マニアックな形式を作ろうかと思ったのは
高校生の頃に作っていたグリーンマックス(GM)のキットのためです。
当時、鉄道雑誌に昭和29年に走り出し、
京都〜博多間を結んでいた客車特急「かもめ」の写真が載っており、
それまで終戦直後の客車特急と言えば
展望車のついた「つばめ」「はと」くらいしか知らなかったのですが、
スハフ43にテールサインを掲げて
大阪駅を出て行く写真が妙にカッコ良く、
この鉄道模型が欲しいと思いましたが、
KATOの完成品はその当時、高くて買えません。
(そもそも、当時はスハフ43はGM以外、製品化されていなかった。)
そこで、1両単位でGMのキットを
少しずつ購入し、くみ上げながら、徐々に車両をそろえていきました。
これがその「スハフ43」です。
e0050226_22454693.jpg

当時高校生のワタクシにGMのキットを
キレイにくみ上げる技術などなく、
結構乱雑に組まれていて、塗装こそスプレー塗装で
そこそこ見れる状態ですが、やっぱり塗り残しがあったり、
接着剤のはみ出し、塗装のはみ出しなどアラが見えます。
実はスハフ43は3両目に購入した車両だったのですが、
初めて購入したスハ44、スハニ35はもっとヒドい出来でした。
このような惨状だったので、
食堂車と2等車はKATO製品を購入して
編成を組んでいました。

さて。

最近になって鉄道模型を復活させたときに
やはり気になったのがこの「かもめ」編成。
改めてみて、そのあまりにもひどい塗装、くみ上げのため、
今年の夏頃から、スハ44とスハニ35を一度ばらした上で
塗装をヤスリで削り落とし、くみ上げ、パテ埋め、
再塗装という大掛かりなレストアを行いました。

そして、どうせならキットで編成を仕上げてやれと、
この1年間で2等車、食堂車のキットを買いたして
9両のフル編成を組めるまで車両が揃いました。
ところが、かもめの編成を調べてみると、
食堂車がGMキットで製品化されている「マシ35」ではなく、
「マシ49」ということが戦前製の客車であることが判明。
3軸ボギーの戦前製客車です。
キットそのものは販売されているのですが、
金属製のキットで流通も少なく入手も難しい。

そんなこんなでマシ35でガマンをしているとき、
以前に「国鉄鋼製客車」という本を買ったことを思い出し、
形式図を見てみると、スハ32と似ていることに気付きました。
スハ32ならGMからキットが出ている、
だったらなんとか作れるんじゃない?
と思い立ち、早速GMキットを購入。
キットを見ながらあれこれ考えながら、
改造方法が思い浮かんだので、作業に着手した訳です。
改造前のキットがこんな感じです。
e0050226_2313459.jpg

これをそのまま「スハ32」としてくみ上げるとこんな感じ。
e0050226_2311355.jpg

と、言う訳で、ここから悩みながら、
そして楽しみながらの改造作業が始まった訳ですが、
その過程はまた明日以降に…。
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by sherpa_kl250 | 2011-11-27 23:12 | 鉄道模型な話

寝台特急日本海廃止

ついに寝台特急「日本海」が廃止に。
e0050226_23542726.jpg

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111117-OYT1T01326.htm

個室寝台も食堂車もなく、
これが動物ならば、即絶滅危惧種にリストアップされるくらいに
昭和の「正調」ブルートレインのまま、
奇跡的な姿で走り続けてきた寝台特急日本海。

車両の老朽化は仕方ないとして、
利用者減少が理由になっているのは
少し疑問に感じます。
年末年始とかは12両になったり、
それでもほぼ寝台は埋まっていたりと、
普段の平日がどれくらい利用されていたかは知りませんが、
少なくとも、九州方面のブルートレインよりかは
利用者は多かったと思います。
実際に乗ってみると、意外と金沢や富山で降りる人が多かったです。
関西対東北ではなく、むしろ北陸対東北という、
ヒコーキもバスもないような地域間流動を担っていた
ということになります。

結局のところ、JRの会社をまたぐので、
両者にそれ相応のメリットがないと
利用者がそれなりにいても切られてしまう訳です。
ネット情報なので、どこまで信憑性があるかどうかわかりませんが、
ほぼ満席のトワイライトエクスプレスですら、
JR東日本にとってはほとんど利益にならないため、
廃止する検討があったという噂もききました。

それはさておき。

なんの施策もないまま走らせているので、
北陸新幹線開業時で終了かと思っていたら、
意外と早い時期に廃止となったので驚きです。

ところで。

廃止の発表前から、
この年末年始は「日本海」に乗ることをメインに
北へ旅立とうと思っていたのですが、
このタイミングで発表されてしまうと、
年末年始の混雑に加え、「葬式鉄」がわんさかやってくるので、
ただでさえ年末年始は人気の列車なのに、
余計にキップが取りづらくなってしまいます。

取りづらいと言っても、トワイライトのように
窓口で「10時打ち」を頼まなくとも1ヶ月前なら
ほぼ確実に取れたんですが、この冬は日本海で初めて
「10時打ち」を頼まないといけないかもです。

なにはともあれ。

廃止まで何事もなく、安全運行で最後の日を迎えてほしいです。
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by sherpa_kl250 | 2011-11-26 23:56 | 戯れ言

訃報・西本幸雄さん

西本幸雄さんがお亡くなりになった。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111126k0000m050093000c.html

91歳。
天寿を全うした大往生だと思います。

監督としての活躍はリアルタイムでは知りません。
むしろ「河久のおっちゃん」というイメージが強いです。



でも、近鉄合併時、初めてプロ野球の歴史を紐解いて、
スゴい監督だったんだなと知りました。

ご冥福をお祈りいたします。
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by sherpa_kl250 | 2011-11-26 01:17 | 野球な話

遠き場所に旅立った仲間

つい先日、仕事の仲間が自ら旅立ちました。

ワタクシよりも年下で、
仕事での関わりはなかったものの、
同じ職場で同じ職種ということもあり、
結婚式にも呼んでくださり、
もうすぐ結婚2周年、というところでの旅立ち。

詳しくは知りませんが、
心を病まれていたようで、
色々な悩みを抱えていての
最後の決断だったと思います。

お通夜のとき、涙を流さず凛として
弔問客を迎えていた奥様の姿。
辛かったと思います。

ワタクシ自身も病状は異なるものの、
やはり精神疾患を患っており、
その関係で、先週はかなりまいってました。
どういう訳だか、
「次は私の番かもしれない」
という強迫観念が襲ってきたからです。
ワタクシはすでに症状が収まりつつあるものの、
パニック発作がぶり返しました。
そういったことから、先週末の東京行きも
キャンセルすべきかどうか、直前まで悩んでました。

死ぬのはいけない。
死ぬ勇気があるなら、生きる勇気もあるはず。

そう言える人は、心を病んだことのない人だと思います。
確かにそれは事実なのかもしれません。
ただ、心を病んだ人間にしかわからない
プレッシャーというのがあるわけで、
その結論に至った気持ちも理解できなくはありません。
袋小路に追いつめられ、そこで戦えなくなった人は、
もう最後の手段をとるしかないからです。
時代のせいにするのは簡単ですが、
今は弱い人間、できない人間が
置いてかれるような時代であるのも事実。
そこを責めることは誰にも出来ないと思います。

当たり前ですが、その翌日からも
ごくごく普通に行われる会社業務。
職場に重い空気を抱きながらも、こなしていく仕事。
言葉は悪いですが、あとは時間が解決する、
そう割り切らないと仕事が進みません。

ただ、その当たり前のことが、
あまりにも切なく、そして、悲しい。

色々と人生とその終焉を考えた一週間でした。

ご冥福をお祈りします。
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by sherpa_kl250 | 2011-11-23 23:19 | 戯れ言

18時47分発のぞみ393号新大阪行き

e0050226_1915335.jpg

新宿で中央線人身事故に巻き込まれ、
埼京線で大崎→山手線→横須賀線と乗り継いで
東京まで30分かけて移動しました。
横須賀線に乗ったのはコインロッカーの場所の関係。
横須賀線地下のコインロッカーを利用したので、
東京で歩くより品川で歩いた方が楽だったからです。

さて。

今日はKakugeta氏の新居訪問。
結婚1年目。
なかなか幸せそうな光景でした。

明るい話題満載のお宅訪問でしたが、
幸せな光景を見て、会社で先週起きた事件を思い出し、
また、それで先週はかなりドタバタしたこともあり、
人間、いかに死ぬべきだろうか、
それまでに「もう死んでもいい」と思えるくらい
全力で生きるにはどうすればいいだろうかと考えてしまいました。

そんな大層に考えなくてもいいことなんでしょうが、
最近の出来事とのタイミング的なものもあり、
人生とはなんぞや、と考えてしまいました。

ワタクシは、人の人生、背負えるほど、器の大きい人間ではないと思います。

何はともあれ、Kakugeta氏、末永く爆発…ではなくお幸せに!
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by sherpa_kl250 | 2011-11-20 19:15

ドラゴンクエスト展

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六本木ヒルズでのドラクエ展に行ってきました。

鳥山明の原画に初代ドラクエの企画書と仕様書。
すぎやまこういちの手書きスコアなど、
見所充実で面白い内容でした。
鳥山明のイラストも、6までが手書きで7からはCGと、
ツールの変遷もわかって興味深いものでした。

しかし。

なぜ会場が六本木ヒルズなのか。

展望室の料金込みなんで入場料は激高。
場所代があまりにも高すぎます。

また、夜景スポットだけに、夜景目当てとドラクエ目当ての人がまじり、
水と油を無理矢理混ぜたような光景でした。

もっと入りやすい会場はなかったのかと激しく疑問。
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by sherpa_kl250 | 2011-11-19 22:27

強風規制

強風規制のため徐行中。

強風で遅れ、とアナウンスあったので、
根府川かと思いきや、なぜか平塚茅ヶ崎間でした。

なんでこんな区間で強風規制なんだろう?
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by sherpa_kl250 | 2011-11-19 17:12