渋谷に展示されている岡本太郎の
「明日の神話」に原発の絵がつけくわえられた
「明日の神話事件」で「主宰者」である
芸術家集団が自分たちの行為であることを認めたそうだ。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110519-OYT1T00004.htm
さすがに読売新聞では集団名を出すことはできないようですが、
「Chim↑Pom(チンポム)」というグループだそうです。
一連の事件の詳細は色々記事になっているので書きませんが、
最初にこの事件を知ったときは
「やるなぁ」
と思ったものです。
これで、ニュースになった直後に
「私がやった」
と意図を主張すれば「表現」として昇華されて
オモシロイなぁと思ったのですが、
自分たちの個展の直前に名乗り上げるというのが、
表現ではなく、パブリシティっぽくて
なにそれっていう格好わるい結末で終わりました。
ちなみに、芸術作品を傷つけた、と思っている人もいますが、
このグループが「作品」を貼付けた箇所はもともと空白のスペースであり、
作品自体への物理的損傷はなかったはずです。
この「事件」に関してはネット上で色々議論がされています。
居心地のいい芸術は存在しない。
衝突。
お互いがぶつかり合い、衝突することで
それぞれが活かされる。
一部分ではありますが、それが岡本太郎の思想です。
よって、ネット上でぶつかる様々な議論そのものが、
岡本太郎の思想のもとで作品に取り込まれ、
「明日の神話」という「作品」の質を
さらに上げてしまったように思えます。
ただ。
もし、岡本太郎が生きていれば、
今回の事件については喜ぶだろう、
と意見する人が多いですが、
ワタクシは逆に激怒するのではと思います。
あんな中途半端な形で主張を継ぎ足して何の意味がある。
主張があるなら、思い切りあの作品を穢せばいいじゃないか。
作品を穢すことで主張を上書するくらいの勢いでぶつかってくればいい。
そうすれば、俺がさらにもっとすごい主張を上書きしてやる。
とか言ってたかもしれません。
今回の犯人は、対立を挑んだ訳でなく、
作品のテーマを借りただけの「表現」ですから、
きっと「対立をしろ!」と激怒したと思います。